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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)2343号 判決 1985年10月30日

原告

塚本和吉

右訴訟代理人

松井一彦

市野澤邦夫

中川徹也

被告

財団法人東海財団

右代表者理事

三宅重光

右訴訟代理人

楠田堯爾

加藤知明

被告

株式会社大広

右代表者

西尾昭二郎

右訴訟代理人

松本義信

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金六七九万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年一月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

四  この判決の第一項及び第三項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金一一四〇万円及びこれに対する昭和五八年一月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一請求の原因

1  原告は、檀琢哉とも称する書家であるが、別紙第一目録記載の書一五四字(以下、「本件書」という。)を書し、それを昭和四七年四月二五日発行の出版物「動書」(以下、「動書」という。)に複製掲載した。

本件書は、それぞれ著作物であり、原告は、本件書の著作権者である。

2  被告らの著作権及び著作者人格権侵害行為

(一) 被告財団法人東海財団(以下、「被告東海財団」という。)は、昭和五五年一〇月「東京私の散歩道」と題する出版物(以下、「東京編」という。)を、昭和五六年三月「名古屋私の散歩道」と題する出版物(以下、名古屋編」という。)を、昭和五七年一二月「続東京私の散歩道」と題する出版物(以下、「続東京編」という。)を各発行し、右各出版物(以下、「本件出版物」という)を、各発行の頃から、訴外株式会社東海銀行などを介して一般に頒布している。

(二) 被告株式会社大広(以下、「被告大広」という。)は、本件出版物を制作した。

(三) 東京編には、別紙第二目録記載の各文字延べ六六字が、名古屋編には、別紙第三目録記載の各文字延べ七一字が、続東京編には、別紙第四目録記載の各文字延べ一五一字が使用されているが、これらはいずれも本件書の複製であり、しかるに、本件出版物には原告の氏名の表示は全くなされていない。

(四) 被告らが、原告の氏名表示をせずに、本件書を複製し、原告の著作権及び著作者人格権を侵害するについては、被告らには、故意少なくとも過失がある。

3  原告の損害

(一) 本件書を、他の者に題字等として複製許諾する場合の許諾料は、一題四字以内を一件、四字を超えるときは一字増すごとに〇・二五件と計算し、一件あたり金一〇万円を下らない。

したがつて、東京編については、一七・七五件、名古屋編については、一八・五件、続東京編については、三七・七五件の合計七四件に相当する金七四〇万円は、原告が本件書の著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額として、被告らの著作権侵害によつて原告の被つた損害といえる。

(二) 被告らの前記著作者人格権侵害行為により原告の被つた精神的苦痛を慰藉するに足りる金員は金三〇〇万円を下らない。

(三) 原告は、本訴を提起し追行するために、本件訴訟代理人弁護士らに訴訟委任を行つたが、これに要する費用中金一〇〇万円に相当する額は、被告らの前記不法行為と相当因果関係ある、原告の被つた損害といえる。

4  よつて、原告は、被告らに対し、連帯して前記合計金一一四〇万円及びこれに対する不法行為後である昭和五八年一月一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二請求の原因に対する被告らの認否

(被告東海財団)

1 請求の原因1の事実は不知。

2 同2(一)及び(二)の事実は認める。同2(三)の事実中、本件出版物に原告の氏名の表示がなされていないことは認めるが、その余は不知。同2(四)の事実は否認する。

3 同3の事実はいずれも不知。

(被告大広)

4 請求の原因1の事実中、本件書が著作物であること、原告が本件書の著作権者であることは否認し、その余は不知。

5(一) 同2(一)及び(二)の事実は認める。

(二) 同2(三)の事実中、本件出版物にそれぞれ別紙第二ないし第四目録記載の各文字が使用されていること、本件出版物に原告の氏名の表示がされていないことは認め、その余は否認する。

なお、東京編及び続東京編に使用した、別紙第二及び第四目録記載の各文字が、本件書を複製したものであることは認めるが、そもそも本件書は、著作物といえないので、著作権侵害となるとの意味での複製とはいえない。また、名古屋編に使用した別紙第三目録記載の文字は、本件書を複製したものではない。

(三) 同2(四)の事実は否認する。即ち、本件出版物は、被告大広が制作したものではあるが、その制作を下請けしたのは訴外株式会社創文新社(以下、「訴外会社」という。)であるところ、訴外会社は、昭和四七年七月二二日動書を購入し、その際の販売外交員の説明、動書の目次の記載及び当時としては動書が異常に高額であつたこと等の諸事情から、動書の所有者は、その中に掲載された本件書を無償にて使用しうるものと信じ、動書から複製した字を東京編及び続東京編に使用した。

したがつて、別紙第二及び第四目録記載の字を東京編及び続東京編に複製使用するについては、これが無償にて使用できると信じて複製した訴外会社ひいては被告大広には、著作権侵害の点に過失はない。

6 同3の事実は否認する。

三被告大広の抗弁

本件出版物の制作を下請けした訴外会社は、動書を購入したのであるが、動書には、動書の所有者は、動書に掲載してある文字例を無償で使用できる旨が記載されており、この事実は、原告が動書の所有者に文字例の複製を許諾したこととなるものである。

四被告大広の抗弁に対する原告の認否

被告大広の主張中、訴外会社が動書を購入したことは認めるがその余は否認する。

動書中に掲載された本件書は、販売の際に添付されていた所有者登録票によつて原告宛所有者として登録された者のみを対象とし、同じく添付されていた「掲載文字の使用について」と題する用紙を使用して、そこに記載された手続を履践した者に限り、使用を許諾するのであつて、訴外会社はこれらの手続を履践していない。

第三証拠<省略>

理由

一<証拠>によると、原告が本件書を書し、それを昭和四七年四月二五日発行の動書に掲載したことが認められ、また<証拠>に照らすと、本件書は、思想又は感情を創作的に表現したものであつて、知的、文化的精神活動の所産ということができる。なお、知的、文化的精神活動の所産といいうるか否かは、創作されたものが社会的にどのように利用されるかとは必ずしも関係がないというべきであるから、創作されたものが実用目的で利用されようとも、そのことは著作物性に影響を与えるものではない。

したがつて、以上認定事実によると、本件書は、著作物であり、原告は、本件書の著作権者であり著作者であることが認められる。

二1  被告東海財団が昭和五五年一〇月に東京編を、昭和五六年三月に名古屋編を、昭和五七年一二月に続東京編を各発行し、各発行の頃から訴外株式会社東海銀行などを介して一般に頒布していること、被告大広が本件出版物を制作したことは当事者間に争いがない。

2  本件出版物に原告の氏名の表示がなされていないことは当事者間に争いがなく、東京編には、別紙第二目録記載の各文字延べ六六字が、名古屋編には、別紙第三目録記載の各文字延べ七一字が、続東京編には、別紙第四目録記載の各文字延べ一五一字が使用されていることは、原告と被告大広との間においては争いがなく、原告と被告東海財団との間においては<証拠>によりこれを認めることができる。

3  東京編に使用されている別紙第二目録記載の各文字及び続東京編に使用されている別紙第四目録記載の各文字が、動書中に掲載されている本件書を複製したものであることは、原告と被告大広との間においては争いがなく、原告と被告東海財団との間においては<証拠>によりこれを認めることができる。

また、<証拠>によれば、名古屋編に使用されている別紙第三目録記載の各文字は、本件書中のそれと極めてよく類似しており、本件書の複製物であると認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  <証拠>によれば、動書には、目次の項に合計三一二五字は動書の所有者は複写使用してよいとの記載はあるものの、その直後の頁に、その際には、使用する文字、複写する本の製本番号、使用目的、使用範囲、使用期間、使用者名などを明記した書類を原告に提出し、原告から承諾書をえてからこれを複写使用するようにとの記載が明瞭になされており、動書を購入した、本件出版物の制作を被告大広から下請けした訴外会社及び被告らから右手続はとられていないことが認められ、仮に、動書の購入者は、本件書を無償にて使用できる旨販売外交員が説明したことがあり、更に動書の価格が非常に高額であるとの事情があつたにせよ、これらの事情から、本件書を無償で使用できると軽信した者に過失があること明らかであるし、また、前認定事実によると、本件出版物を制作した被告大広及びこれを発行した被告東海財団も、その内容が著作権及び著作者人格権を侵害していないかにつき確認をすべき注意義務を懈怠したものと認められる。

5  被告大広は、本件書を複製利用するについては、原告の許諾を得ている旨主張するが、右4記載のとおり、明瞭なる許諾を与えるに際しての文言の記載がある以上、その手続がとられていない本件においては、原告の許諾があつたと認めることはできない。

三1  <証拠>によると、本件書を他の者に題字等として複製許諾する場合の許諾料は、一題四字以内を一件、四字を超えるときは一字増すごとに〇・二五件と計算し、昭和五四年四月頃から同五七年四月頃までは、一件あたり金六万円、昭和五七年四月頃から同五八年四月頃までは金八万円を下らないものであつたことが認められるので、東京編については一七・七五件、名古屋編については一八・五件の合計三六・二五件に六万円を乗じた金二一七万五〇〇〇円、続東京編については三七・七五件に八万円を乗じた金三〇二万円の合計金五一九万五〇〇〇円は、原告が本件書の著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額として、被告らの著作権侵害によつて原告の被つた損害といえる。

2  <証拠>を総合すると、被告らの前認定の著作者人格権の侵害行為により原告の被つた精神的苦痛を慰藉するに足りる金員は、金一〇〇万円をもつて相当とし、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  <証拠>によると、原告は、本訴の提起及びその追行を原告訴訟代理人らに訴訟委任したこと、これに要する費用中金六〇万円は、前記被告らの著作権及び著作者人格権の侵害行為と相当因果関係のある、原告の被つた損害と認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四結論

よつて、被告らは、連帯して三1ないし3記載の合計金六七九万五〇〇〇円及びこれに対する著作権及び著作者人格権侵害行為後である昭和五八年一月一日以降支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を原告に支払うべき義務があるから、原告の被告らに対する請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当であるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官元木 伸 裁判官飯村敏明 裁判官高林 龍)

第二目録

「東京・私の散歩道」と題する出版物のうち

1「東京のさくら」   ( 八頁)

2「千鳥ケ淵」     (一〇頁)

3「明治神宮」     (一二頁)

4「新宿御苑」     (一四頁)

5「新宿遊歩道」    (一六頁)

6「谷中上野」     (一八頁)

7「広尾界わい」    (二〇頁)

8「千歳烏山」     (二二頁)

9「成城」       (二四頁)

10等々力のうち「等力」 (二八頁)

11「石神井公園」    (三〇頁)

12「隅田公園」     (三二頁)

13「佃島界わい」    (三四頁)

14「水元公園」     (三六頁)

15「平林寺」      (三八頁)

16「多福寺周辺」    (四〇頁)

第三、第四目録<省略>

〔注〕 第三目録所載の出版物に掲載された書体の一事例

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